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天才”ギフテッド”の存在

NHKのクロ現+で、こんな放送がありました。

 

知られざる天才”ギフテッド”の素顔

 

 

ギフテッドと聞いて「おお、岐阜っ子!」と思わないでください。それギフキッズです。(笑うところです)

 

 

Giftedということで、ギフト=(神からの)贈り物を与えられた者と言う意味です。いわゆる天才です。

 

 

 

天才になるためにはどうしたらいいのか?ということを考えるのではなく、ここで天才と自分の子どもとの違いを冷静に見つめる必要があると思うのです。

 

 

幸か不幸か、ほとんどのお子さんはギフテッドではありません。

 

 

でも、親の気持ちとして「何か、この子って磨けば光るかも知れない」と期待をかけてしまいたくなる気持ちも分かります。

 

 

 

なにがいいたいかというと。

 

 

あくまで一例ですよ?

 

 

 

すごく絵がうまい子がいたとします。学校での評判も上々です。これまで夏休みコンクールなんかでも賞状をもらいました。

 

 

 

「うちの子、すごく絵を描くのが好きで。美術の成績も5だから、美大に進学させたい」

 

 

 

それ、本当に大丈夫ですか?

 

 

 

まず、芸術やスポーツのジャンルにはごく少数、ギフテッドがいます。

 

 

 

そして、いくらかの「ギフテッドじゃないけど、センスもあってものすごいお金と時間を掛けて教育されてきた子」がいます。(具体的に知ってる範囲で言いますと、毎週土日ごとに東京まで新幹線往復で美大教授の個人レッスンを受けに行っている子の話を聞いたことがあります。毎月20万かかったそうです)

 

 

 

 

そんな世界に突っ込ませるにはそれ相応の覚悟がいります。

 

 

 

才能がないならやめておけって言ってるわけじゃないですよ?

 

 

 

上記のような世界が実際に世の中にはあります。そのなかで学ぶ・生きていくとはどういうことか、その先の将来を親は見据えた上で子どもの進路を考えてあげなければいけないということです。

 

 

 

子どもの好きなようにさせる「だけ」では、単なる責任放棄です。将来を、夢や希望のみならず能力や経済力、様々な可能性を含め検討し、話し、考えていくのは親の責任です。学校でも塾でもありません。それをしない親は無責任だと思います。

 

 

 

・・・というのも、単なる僕の個人的な1意見であることは重々自分で分かっています。だから、それを押しつける気もさらさらないですが、それほどとんちんかんなことを言ってるとも思わないので、何かの参考にしていただければと思います。